「春期限定いちごタルト事件」(米澤穂信/創元推理文庫)

chori2005-08-22

クドリャフカの順番」が面白かったので、同じ作者の「春期限定いちごタルト事件」を買ってみた。鳩君と小山内さんは、手に手を取って小市民を目指す高校一年生。清く慎ましくひっそりと生きたいと願う二人だったが、頻繁に現れる謎の数々に、つい立ち上がってしまう彼等。彼等は小市民としての生活をまっとうすることが出来るのだろうか?!
北村薫や、加納朋子らが得意とするところの“日常の謎”と呼ばれるジャンルの一つといってもいいだろう。この手のミステリは謎がささやかであればあるほど面白いんだけど、ここでは、おいしいミルクココアを作るのに、カップ3個とスプーンひとつだけでどうやって作ったのか(ミルクを温めたらしい鍋も、余分のカップもなく、洗った形跡もない)といったなんともささやかな謎が出てきたりして、で、その謎解きも単純ながら、キャラクターの性格にぴったりの答えでちょっと感心してしまった。
そんなミステりの面白さもさることながら、この単純にして、軽そうなお話の裏には、結構奥の深い物語が潜んでいるんである。つまり、自分自身が持つ資質と周りの社会との関係がうまくいかない悩みとか、人に受け入れられないことへの恐れとか、10代後半から20代にかけて誰もが悩みがちな自己のアイデンティティーの問題を、一見小市民的なライトノベル仕立てでさりげなく提示してみせた物語、それが「春期限定いちごタルト事件」なんである。