「もっと、私を」(平安寿子/幻冬舎)

文学界は、若き芥川賞受賞作家の話題でもちきりだが(綿矢りさ蹴りたい背中」は購読予定、「インストール」は上戸の映画待ち。金原さんのはなんか痛そう=文字通り、なので、多分読まない)、この方の才能も相当のものと声高く言いたい。平安寿子。この本を読むまでは失礼ながら存じ上げなかったのだが、もう随分名の通った人なの?
 “優柔不断、プライド高過ぎ、なりゆき任せ、自意識過剰、自己中心 こんなわたしで、なぜ悪い”という帯の言葉に惹かれて購入。第一話の「いけないあなた」は、二股をかけた男が一人の女性に軟禁され、女二人で取り合うという話。と、書くと、なんじゃそりゃなのだが、これがめっぽう面白い!これまでわたしは、二股をかけている男というだけで、なんだと、一人だけいい思いしやがって・・・・じゃなくて、女泣かせやがって、嫌なやつ、と思っていたのだが…。この作品に出てくる江口真佐彦は、優柔不断男、これまでもてなかったのに、急に2人からもてて、断ることもできず、悪いと思いつつまるで夢のような生活とばかり二股かけて、あげくに感情のまま、二人にプロポーズしてしまった男。それがばれて軟禁されるのだが、ドアの向こうでけんかする女の会話を聞いていると、結局、女が彼を利用していただけということがだんだん明らかになってきて、そのやりとりが実に面白い。そのほかにも、顔が抜群によくて、仕事の面でも得をしているんだけど、顔がなくても自分はちゃんとやれるんだと思っている自分最高のやつとか、人に媚びまくる才能をフルに使って人生生き抜く母親だったりと、個性的だけど、どこにでもいそうな人たちがおりなす物語は軽快でテンポよく読ませる。彼らが、ほとんど、反省も成長もしないところも目新しくていい感じだ。
 一つ一つの物語は独立しているけれど、微妙に登場人物がリンクしており、ラストの話には、最初の江口さんとその彼女(さあ、どっちだ?)が脇にしっかり登場している。一見短編集のようにみえて、読み終えると、長編となっているという仕組み。同じような構成で、吉田修一の「日曜日たち」という作品があったが、一見独立している全ての話に家出してきたらしい兄弟の話をからめて、登場人物たちが、場所も状況も違えど、みな、その兄弟になんらかのかかわりを持っているという設定をとっていた。本作は、そのような技巧はないけれど、なにげなく日常の一瞬の空間を供にした、あるいは、供にしている人それぞれに、それぞれの人生が広がっているんだということを感じさせる作りになっている。別の作品も是非読んでみたい。