「アップタウン・ガールズ」

12日で公開が終わるというので、11日にあわててOS劇場に観にいく。“現実逃避のオトナと完全無欠のコドモ”という映画のコピーに惹かれ、期待はしていたのだけれど、その期待以上の面白さだった。アメリカン・ヒューマンコメディとしては久々の傑作と呼んでもいい出来。
 8歳の時に人気ロック歌手だった父親とツアーに同行した母親を飛行機事故でなくし、その後は残された莫大な遺産のもと、自由に暮らしてきたモリー。ところが、遺産を管理していた会計士に持ち逃げされ無一文に。22歳までまったく働いたことがなかった彼女がやっと見つけた仕事が、ミュージック業界のエグゼクティブの娘レイの子守だった。レイは8歳なのに、超神経質で大人びたオトナコドモ。コドモオトナのモリーとは何から何まで正反対。性格が合うはずのない二人は、はたして心を通わせることが出来るのだろうか?
 モリーには、「8Mile」でエミネムの恋人役を演じたブリタニー・マーフィー。レイ役は「I am Sam アイ・アム サム」でショーン・ペンの愛らしい娘を演じた、ダコタ・ファニングちゃん。「8Mile」でのブリタニーには正直全く魅力を感じなかった。エミネム扮する主人公の才能を見抜き、励まし、自らも夢を追う少女と書くと聞こえはいいが、実情は“ケバいアバズレ”ともとれる描き方。“ケバいアバズレ”というのは、「アップタウン・ガールズ」でブリタニーを称してダコタちゃんの通う学校の生徒が発した言葉で、ブリタニーがダコタちゃんを迎えにいくと、ダコタちゃんは少女に馬乗りになって喧嘩している。止めに入ったブリタニーが、その少女が自分を“ケバいアバズレ”と言ったからという理由を聞くと、次の場面ではブリタニーが、少女の保護者に馬乗りになっているというカットのつなぎが楽しい。「アップタウン・ガールズ」でのブリタニーは、「8Mile」では描かれなかった内面を与えられたキャラクターと言っていいかもしれない。男にだらしなく、ものの始末が出来ない駄目な奴だけど、根は純真で、寂しい8歳の女の子の気持ちをわかってあげられる22歳の女の子。くるくるかわる表情もキュートだ。
 正反対の二人のキャラクターが、徐々に心を通わせて影響し合うという話は、よくあるものだけれど、この物語が、うまい、と思うのは、いわゆる“従来のパターン”っていうやつを少しづつ裏切っていることだ。親の愛情に飢えているダコタちゃんにブリタニーはペットの豚を与えるんだけど、実はこれは自分のところにおいておけなくなったための窮地の策であり、さらにダコタちゃんは、喜ぶどころか、病的潔癖症なので、顔面蒼白になる。だが、その豚が、いつしか自然とダコタちゃんの部屋の一部になり、それをただ自然に撮るだけで、ダコタちゃんが、一つの難関をクリアしたらしいことを観客に伝えるさりげない演出がセンスを感じさせる。
 さらに、植物状態であった父親に死なれ、家を出てしまったダコタちゃん。彼女の行き場所はここだ!とかけつけたブリタニー。二人はコニーアイランドティーカップに座り、グルグルグルグル回り続ける。それが至福の瞬間になると思いきや、二人はにこりともせず、カップから降りたダコタちゃんは、酔ってしまって、苦しそうなのである。映画はこちらの予想を見事に裏切ってみせる。が、同時に、ここはとても重要なシーンで、このカップの中の世界に逃げ込むことは出来ないのだということを迷える二人の孤児(?)が悟る瞬間であり、彼女たちの新たな歩みを力強く示すものなのである。
 また、もう一つ書き留めておきたいのは、すべての登場人物に生命が通っていることだ。“典型的な悪役”は一人もいない。ブリタニーが、いざこざで途中大喧嘩をしてしまう女友だちと、そっと仲直りするシーンが素敵である。