モーニング娘。についてこう思っています。

ジョゼと虎と魚たち」(自分の感想はこちら))のオフィシャル・フォトブックの中で監督の犬童一心は監督にとって「いい映画」とは?という質問に“「もしかしたら何かあるかも?」って観る前にドキドキさせる映画。観終わってからがっかりしてもいいんです”と答えている。〜勿論、楽しみでみたものが、思っていた以上に面白かったらそれにこしたことはないんだけれど、まず、これ面白そう、楽しそう、手をのばしてみたい!と思わせる何かがあることが大切である…。この言葉を見た時、私の脳裏に浮かんだのは、今のハロプロに欠けているのが、この精神なのではなかろうか?!ということだった。例えば、ごっちんのセカンドアルバムの曲目が発表された時、新曲が4曲ということで、がっかりする声があちこちであがっていたのだが、もし、「幸せですか?」の後藤Versionだけでも、がんばって新曲に差し替えて、後藤真希の作詞の曲なんてものを一曲でもいれていれば、どんなに魅力的な商品に見えたことだろう。その曲が本当に短くてなんじゃいこれは?というものでもいいのである。極論として。そういうあと一歩の努力が今のハロプロにはない。ま、私は後藤真希マジヲタなので、このアルバムを凄く楽しみにしているし、いい作品だと信じているし、後藤真希の素晴らしさを声高く叫び続けるつもりですが。
 モーニング娘。に関しても、もういい加減、だれかが卒業するだとか、新メンバーだとか、新ユニットという話題だけでは、ヲタはともかく多くの人々をふりむかせることはできなくなってしまっている。今のハロプロの状態をみていると、野村、星野監督を招聘する前の阪神タイガーズの球団経営に非常に良く似ている。企業努力をしなくてもファンはいるし、なまじ優勝などされれば選手の年棒をあげなくてはならない、今のままで充分だ…しかし、長年の怠慢経営から何年も連続の最下位が続き、熱狂的ファンからもそっぽを向かれだしてしまう。厳しい目でみれば、今のハロプロはそういう位置にあるのではないだろうか?!(例えなので、最下位ってことじゃなくね))。 もうこうなりゃ、星野監督にあたるような新しい人材をいれるしかない。えっ?この人がみたいな、みんなが知っていて、今はライバル関係みたいは人がベストなんですけど。まあ、無理だろうなあ。
 ただし、当時の阪神タイガースと、今のモーニング娘。の決定的に違う所は、阪神タイガースのスカウト陣が、なーなーのドラフトに終始して、良い選手をとりそこなってきたのに対し、モーニング娘。のメンバーたちは、まだまだ魅力に溢れていて、一人一人が、充分な可能性をひめているところである。 私たちはまだ可能性を信じているのです。
 なっちの卒業が近づいているが、以前も書いたように、最近のごっちんの成長振りとかを見ていると、娘。から旅立つ人たちには、娘。とはまた違った新たな可能性や、未来が開けているように思えて、卒業は悲しいことではなく、素直に「おめでとう」といってあげたい気持ちでいる。ただ、これは、自分が、後藤ヲタで、今の娘。本体に関しては一歩離れた位置でみているからこそ言える言葉なのかもしれない。出て行く人に対しての準備は出来上がっていても、残る人に対しての気持ちが充分でないのかもしれない。
 先日、「STAY-ああ今年の夏も何もなかったわー」(西炯子 fSコミックス/小学館)というマンガを読んだ。地方の高校に通う演劇部員の5人の女の子たちの何気ない夏の出来事をオムニバス形式で描いた作品。最終話で部長のよーぴんが、家庭の事情で東京へ行くこととなる。残される部員たちは、紙を切って作った小道具の雪をよーぴんに降りかけながら語る。「よーぴんは決めたんだよね 行くこと」「でもわたしたちはよーぴんにここにいてほしい」「行っちゃうのはわかってるだけど」「いてほしいんだよ」。よーぴんは、ぶんぶんと頭を降ると笑顔で「ありがとう」「わすれない」と応えるのだった。私は、ここで後藤の保田のそして数日後にせまったなっちの卒業を思わず連想してしまった(そういうことを連想するのは私ぐらいだろうが)。そして、いろいろとお芝居に悩んでいた彼女たちが、最後に語る言葉は、「きっとわたしたちはいいお芝居ができる」なのだった。
 昨日、雑誌「WO」をごっちんのグラビア目当てで買った。野外でとった写真が凄く好き。で、当然のごとくモーニング娘。のページにも目を通した。梨華ちゃんが力強く語っていた。“常に前を見ていたい。誰かが卒業することはあっても、常にパワーアップしていきたい。”“(どんなことがあっても「愛あらばIT'S ALL RIGHT」だね。という質問に)その気持ちでこの先も上昇していきます!そんな意志表明の曲として歌っていきたいです!”。
 日記に記載する機会はへっていてもモーニング娘。をひそかに応援しています