『ジョゼと虎と魚たち』(ねたばれしまくりなので、未見の方は読まないで下さい)

土曜日、大阪初日初回に観にいってきました。素晴らしかった!パンフレットとオフィシャルフォトブック(ソニー・マガジンズ)を購入して、今読んでいるんだけど、ちょっとした文章でも映画を思い出してじわ〜と涙が込み上げてくる。決して、泣かせようという映画じゃないんだけど、むしろ、映画館は笑いに包まれていたんだけど。
 どこにでもいそうな大学生の恒夫(妻夫木聡)と脚の不自由な少女ジョゼ〈池脇千鶴)が、ふとしたきっかけで出会う。朝ごはんを食べていけと言われてジョゼの家にあがる恒夫。うなずきながらリズムよく食べる恒夫の姿もあって、この朝ご飯が、とても美味しそう。その食事風景にはそこはかとないリアルな生活感が漂っている。それは、映画全編に渡って言えることで、近所の幼い少女たちのなにげない存在など、まさに大阪下町の生活がそこにあるという感じだ。
 ジョゼの部屋はこざっぱりしていて、そして本が一杯! この本はジョゼの祖母が、捨てられていたものを持ち帰ったもので、ジョゼはそれを楽しみにしているんだけど、これほど部屋の中に本が一杯あることなんて、映画の中では、そう滅多にお目にかかれない〈最近では「KISSINGジェシカ」という作品のジェシカの部屋が比較的本が多かったけれど)。映画の中で本を読むキャラクターをみると、どうしてこう嬉しくなるのかな〈自分が本好きだから?今年はあんまり読んでないけど)。ジョゼはサガンの「一年ののち」の続編が読みたいのだが、またそれが捨てられていないかず〜と待っている。外に出て、花や猫を見ること、雲を持ち帰りたいと思うこと、読みたい本を手に入れるのにジーっと待つこと。そんなジョゼの世界にはっとさせられる。それは一昔前には確かに自分の日常にもあった世界で、でもとうに忘れていってしまっていた世界で。まずは食欲ありきだった(?)恒夫もジョゼのそんな世界にひかれていったのに違いない(それにしても妻夫木の笑顔は最高!)。
 しかし、ジョゼは決して、無垢のシンボルとして描かれるのでなく、セックスをする大人の女であり、生身の生活者で弱さと強さを兼ね備え、孤独への畏れと覚悟の間で揺れている女性だ。恒夫もまた、一生大事にしたいという気持ちと、恐れてしまう弱さと“決してご立派な人でない”ちゃらんぽらんさを持ち合わせている。だから映画の世界がとても身近に感じられて、観客は思わず自分の実人生を振り返ってしまうだろう。
 主役の二人以外も丁寧に描かれている。女の修羅場を背中で感じることになってしまう近所の幼い女の子の表情を捉えるショットにはうなった。彼女はそこで、何を思い、何を得、何を失ったんだろう。さらに、悪態をつきまくるというアクションだけで、ジョゼへの愛情や、心配といったあらゆる感情を表現してみせる新井浩文も素晴らしい!そして、NHK朝ドラ「てるてる家族」の秋子役でつい最近まで中学生役をやっていた上野樹里が大学4年生の役を演じ〈実年齢は当時16歳)ている。私は密かに「てるてる家族」の4姉妹の中では秋子役の女の子が一番知名度は低いし、また役柄も(いまのところ)地味だけど、その身のこなしの軽やかさや、生き生きとした表情にただ者でないと思っていたけれど、やはりただ者ではなかった。表情の変化が素晴らしい。
 身障者を描くということに関してもなんだかんだいちゃもんをつけられないように、満遍なく気配りしています、といった防御的な気構えなど一切無い。むしろはらはらするくらい大っぴらで、妙な正義感や、物分りの良い主張なども一切描かれない。それは作り手が、この物語に対する真の愛情と自信を持っているからに違い無い。本年度邦画ベストワン作品。今年最後にこの映画が観られてよかった。

風のない場所さんにリンクして頂いた上に恐れ多いようなありがたいコメントをいただきました。もう、メチャクチャ嬉しいです。本当にありがとうございました。