「青春ばかちん料理塾」

感想書いてませんでした。これからご覧になる方はお読みくださらないようお願いします。
 とにかくごっちんがかわいくて、にへら、にへらと観ていた。ごっちんが悲しむシーンでは、半分涙ぐみながら観ていた。武田鉄矢のお嫁さんになろうかな、というセリフのシーンでは、ぉいおい、どんな展開だよ、と慌てたが、冗談だった。ほっ。そして、成長したごっちんを捉えたカメラは、やがて、上空へパンしていき、エンディングに「スクランブル」が流れ出す。「スクランブル」って、ほんと名曲ね、ととても満足して見終えた。
 ところが、次の「17才/旅だちの二人」が、予想していた以上によくて、「ばかちん」について評価がちょっと下がってしまった。「ばかちん」には何かが足りない、そんな思いが頭をよぎった。
 「17才〜」は、澤井信一郎監督ということで、期待はしていたんだけど、派手さはないが味わい深い期待以上の出来に仕上がっていた(ちなみに澤井監督は、私が唯一、街でばったりおみかけしたことのある監督である←ちょっと自慢。原田知世の「早春物語」の撮影中だった模様。もう随分昔のことですが)。普段棒読みとか言われる梨華ちゃんのセリフまわしが、なにか昔の例えば、小津映画のようなリズムのある口調になっている部分や、映画的空間の使い方などさすがと思わせる。実の父に会って戻ってきた石川が、現れる塀の曲がり角。そこを今度は少年が曲がって家から去っていく。藤本と少年が出会う場所も、「寂しいから寂しい場所へくるんだ」という特別な場所として、観客の心にやきつける。
 誤解されてもらっては困るのだが、私はここで、2作品の優劣をつけようというのではない。どちらも主役を輝かせていたということでは異論はない。ファンなら見ていて損はない作品になってることは間違いない。
ただ、長年、映画バカ(シネアスト、シネマドランカーなどなど)をやっている身としては、「17才〜」はちゃんとした映画になっていたけれど、「ばかちん〜」は、映画でなくてもよかったものになっていると思うのである。
 「ばかちん」に足りない物は何か。それは、監督が後藤真希を動かせてないってことだ!と私は思っている。こないだ、本屋で、ぴあからでている雑誌が80年代特集をしているのを立ち読みしたんだけど、現代の映画作家は、80年代を模倣しているとかなんとかいう記事があって、黒沢清の演出を相米慎二のそれと比較していた(尤も、黒沢は、80年代ディレクターズカンパニーに相米とともに属していた人である)。相米慎二〜80年代のアイドル映画の巨匠で、大好きな監督だ。氏は、サディスティックにまで、薬師丸ひろ子や、斉藤由貴をしごきたおして、表情や、小さなしぐさで演技をするのではなく、体全体で演技することを教えた人である。氏の有名なワンシーンワンカットの映画撮影法は、そこから立ち上がってくる演技者の小手先でない、真の息吹を捉えるためだった。
 「ばかちん」では、せっかく動けるごっちんを動かしていない。料理が上達していく様子も結局、グッチ裕三の言葉だけで表されるだけだし、動かすために、あのようなクライマックスをもってきたんだろうけど、全編、ごっちんが動いていれば、また違ったクライマックスが、描けたはずなのだ。
 せめて、ごっちんが自転車にでも乗ってればな、と「17才〜」での梨華ちゃんを思い出しながら思う。先日、ごっちんは映画で自転車に乗っていないという書き方をしたけれど、「ピンチランナー」を忘れてました。天真爛漫なごっちんがフルスピードで、自転車に乗ってマラソンランナーのエスタさんを追いかけるシーン、あの映画もなんだらかんだら突っ込み出したらきりがない映画ではあるけれど、とにかくこの溌剌としたシーンや、娘。メンバーのがんばりが他の様々な欠点を吹き飛ばしていた。まあ、正直あの映画に関しては、メイキングの方が断然面白いのだが。
 そんなわけで、ごっちんは秋コンで自転車に乗ることにいたったのである。
 んなわけないが、ともかく、ごっちんが可愛いことに変わりはありません。
ただ、ちょっともう少しよい監督との出会いがあればいいなあ。広末と岩井俊二や、池脇千鶴犬童一心のような。